大学生活は敗者復活戦ではない。

 このブログはこの世界の片隅で健気に生きる大学1年生が、特にいわゆる陰キャの新入生に向けて、見てはいないだろうけど、大学生活に胸をときめかせていることの何と無意味なことかを説き諭すものである。もちろんこれは私個人の独断と偏見に基づいた意見だし、「何だお前が終わってるだけだろ」と嘲ってくれて構わない。もし、不快に思っても気持ち悪い自分語りの駄文を落書き程度にインターネットの片隅に書き殴るだけだからどうか許していただきたい。

 さて、本題に入ろう。ただ、その前にこの文章で取り扱う「陰キャ」の定義について述べたい。とりあえず、[1友達が10人以下 2交際経験なし 3人と話すのが得意でない 4学校行事が好きでない 5大勢といるより単独行動を好む 6自撮りは基本的にしない]といった所であろうか。このうち4つに当てはまれば予備軍、5つ以上当てはまれば完全に陰キャである。私は特にこの条件に5つ以上当てはまる人に向けてこの文章を書いている。幸いにも当てはまらなかった人はここで読むのをやめるか冷やかし程度にこの先も読んで頂きたい。

はっきりと言う。バイトとサークルに全力投入し、恋人も作って、資格勉強をして在学中に資格取得、最終的に大手企業に内定、ヨーロッパに卒業旅行に行き、涙涙の卒業式なんて幻想は今のうちに捨ててしまえ。大学生活は敗者復活戦ではない。とりわけ大学入学前、小学校(あるいは幼稚園、保育園)入学から大学に至るまでに培ってきた学力、コミュ力、その他の多種多様な才能を駆使して戦われる最終決戦なのである。大学に至るまでに戦いに敗れ、脱落した者は精々観客として勝者の皆々様が青春さんと戯れる様を観客席から眺めることしか出来ない。いわゆる大学デビューなるものは四天王、否、ジムリーダーを一人も倒せていないのにチャンピオン戦に挑むが如き暴挙である。ミカルゲを倒す間も無く壊滅することだろう。

 では、どうすれば良いのか。そう言った幻想から目覚め、自分なりの現実味ある大学生活を送れば良いのである。世の中には、量産化の結果一般モデルと化した「大学生活」の共通理解が存在しているが、バラモンにはバラモンシュードラにはシュードラの幸せがある。各々量産化された共通理解に従って生きるのではなく、個々人で何がしたいかどう生きるのか考えるべきではないだろうか。そうすればデビューに失敗し、茶色に染まった髪を鏡で眺めつつ来ることのないLINEの通知に一人で泣かなくても、ピアスを開けた痛みに悶えることも、高いヒールで歩行困難になることもなくなるはずだ。這い上がりを掛けた血で血を洗う敗者復活戦ではなく、自分のあるべき場所とペースでジョギングするような、大学生活を送ってみてはいかがか。そうすればきっと、皆幸せな生活が送れると思うのだが....